復活、編
東海道本線 稲沢第一機関区  ( 1971年 8月 1日 無煙化 )  1/5頁
何故か 機関区 が 子供の頃 の 遊び場 でした !  中学生の やることですから 写真は 下手です !!

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稲沢第一機関区

 当時は我が家の近くで D51 を普通に見ていたので C11 の方が珍しかったです。 愛知県では 武豊線 のみで C11 は活躍していました。 名古屋機関区 が無煙化された後も残った C11 は 稲沢第一機関区 に引き継がれ 1970年 6月 30日 まで 武豊線 で走り続けました。         C11211 [稲一]


稲沢第一機関区

 稲沢第一機関区の シゴマル は 名古屋港駅構内 の入換と 東臨港線 ( 東海道本線 支線 ) の 貨物列車運用 ですが少し前までは 岐阜駅 にも行っていたようです。 子供の頃に 木曽川橋梁 を単機で 猛 スピード で走ってゆく蒸気機関車を よく見掛けたものでした。          C50101 [稲一]


稲沢第一機関区

 日本は軍人を人とは思わず単なる戦争の道具といった扱いだったそうですが米国では戦力である軍人を大切にしていたと聞きました。 此れでは当然ながら米国に勝てる訳が無いですね。  扇形車庫の壁面に見られる無数の傷は第二次大戦中に受けた機銃掃射の痕。        C12242 [稲一]


稲沢第一機関区

 現役時代の機関士さんから伺った話ですが C50 で幻の スピード 記録に挑戦していたそうです。 揺れが激しいので ポカー や ショベル など一切の道具を落ちないように炭水車の ツールボックス にしまって加減弁を全開すると速度計は見る間に 120km/h を超えていたそうです。       C50101 [稲一]


稲沢第一機関区

 C50 は 8620 の改良増備機として 1929年( 昭4 ) から 1933年 ( 昭8 ) に掛けて 158輌 が製造されました。 外観は 8620 と似ていますが台枠が板台枠から棒台枠となり多少は近代的な格好になっています。 軸重が重いため早くから本線を退き入換用となっていました。      C50101 [稲一]


● 東海道本線 東京 ⇔ 神戸 (愛知県 、他) ●       稲沢線 の 稲沢第一区 と同じ写真です。

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